直腸脱

直腸脱は、直腸の壁全層が脱出したものです。高齢女性に最も多い病気ですが、若年患者では、多数の処方を要するような慢性的な精神疾患を有している場合が多いです。ひどくなると10cm以上も脱出することがあります。直腸の粘膜のみが肛門外に脱出する場合は、粘膜脱(不完全直腸脱)と言って区別します。

直腸脱1
直腸脱2

原因

はっきりとした原因はわかっていませんが、若年者では排便習慣と精神疾患、高齢者では老化と出産による骨盤底筋の脆弱化が関与しているとされています。

症状

排便時の脱出が主ですが、粘液や出血による下着の汚れもあり得ます。便失禁を伴っている患者さんも多いです。その他、便秘や残便感、排便困難などがあり、患者さんの生活の質(QOL)は低くなります。また、高齢女性の直腸脱の患者さんは骨盤臓器脱(子宮脱、膀胱瘤、小腸瘤など)の合併も多いため注意が必要です。

診断・検査

実際に直腸が脱出しているところを確認して診断します。脱出が明らかでない場合は、トイレでいきんでもらい脱出を確認します(努責診)が、ご自宅などで脱出時の写真をあらかじめ撮ってきて頂けると診察がスムーズです。必要に応じ、排便造影検査(デフェコグラフィ—)・骨盤部CT検査・大腸内視鏡検査を行うことがあります。

治療(手術)

直腸脱は保存的治療(薬など)では治りません。根治には手術が必要になります。歴史的にこれまで100種類以上報告され、現在一般的に行われている術式でも10種類程度あると言われています(逆に言うと再発率や合併症の観点から確立された術式がない)。現在でもどの術式が最も良いかは結論が出ておらず、患者さんの状態や希望、術者の経験や考え方によって決定されているのが実情です。
当クリニックでは、患者様の以下のような要因を考慮します。
患者因子:年齢、心・肺機能、日常生活の活動度、排便障害の有無、併存疾患
病態因子:脱出腸管の長さ、他の骨盤臓器脱の合併

手術方法として大きく2つに分けられます。

① 経肛門(会陰)的手術

肛門側から脱出した直腸を縫い縮めたり、脱出しない程度に肛門を締め上げる方法などがあります。腰椎麻酔や局所麻酔で行うことができますが、再発率が高い(10〜40%)のが欠点です。また、脱出長が長い場合は行うことが困難です。主な術式では、Gant-三輪-Thiersch(ギャント・みわ・ティルシュ)法やDelorme(デロルメ)法、Altemeier(アルテマイヤー)法、PSPR(ピーエスピーアール)法、ALTA(アルタ)多点法などが報告されています。当クリニックでは、経肛門手術の中では、比較的根治性があり合併症(縫合不全、出血、感染)が少ないと考えられるデロルメ法を採用しています。

デロルメ法

脱出した直腸脱の直腸粘膜を筋層から剥離(はがすこと)した後切離し、筋層を縫縮して縫合することによりアコーディオンのように重積させる方法です。アルテマイヤー法のように腸管壁を切離しないため、術後縫合不全などの重篤な合併症が生じる危険性が低い安全な手術であると考えられます。このため、高齢者に対して行いやすい手術です。また、ティルシュ法のように体内に異物を挿入することもないため感染の面からも有利です。しかし、脱出した直腸脱の長さの最低2倍以上の長さの粘膜・筋層剥離を行わなくてはならないため、脱出した直腸脱の長さが5cm以上ある場合は手術時間が長時間に及び、再発するリスクも高いため適応外とされることが多いです。

脱出した直腸の表面の粘膜を、末端方向に向かって電気メスで剥離(はくり:はがすこと)していく。

脱出した直腸の表面の粘膜を、末端方向に向かって電気メスで剥離(はくり:はがすこと)していく。

直腸粘膜を剥離した後、露出した筋層を円筒状に糸で縫縮する。

直腸粘膜を剥離した後、露出した筋層を円筒状に糸で縫縮する。

糸を縛ることで直腸脱がアコーディオン状に縮んで正常の位置に戻る。余分な直腸粘膜は切除し、切った直腸側と肛門側の粘膜同士を縫い合わせる。

糸を縛ることで直腸脱がアコーディオン状に縮んで正常の位置に戻る。余分な直腸粘膜は切除し、切った直腸側と肛門側の粘膜同士を縫い合わせる。

② 経腹的手術

お腹から直腸を吊り上げて固定する方法です。大きく分けて糸で固定する方法と、人工物のメッシュで固定する方法があります。再発が経肛門手術より少ないのが利点ですが、全身麻酔が必要でお身体に対する侵襲があります。腹腔鏡を用いることで侵襲を最小限にすることができます。

腹腔鏡下直腸固定術

大きく分けてメッシュを用いる方法(Wells法やRipstein法)とメッシュを用いない方法があります。メッシュを用いる方法はメッシュを用いない方法と比較して、一般的に手術時間が長時間かかる傾向にあります。当クリニックでは、お体に対する負担を考慮してメッシュを用いない方法を第一選択と考えています。具体的には、仙骨全面を剥離し、たるんだ直腸を引っ張って吊り上げ、仙骨の岬角と呼ばれる部分に糸で固定する方法(Suture Rectopexy)です。

直腸脱に特有の深い骨盤底
直腸脱に特有の深い骨盤底
仙骨に糸で固定しているところ
仙骨に糸で固定しているところ

直腸が反転、脱出する病態が改善することで手術前にあった排便機能障害(便秘や便失禁など)は改善する場合がありますが、基本的には排便機能障害を治すための手術ではありません。一方で、新たに便秘が手術前よりも悪化する場合もあります。直腸脱に骨盤臓器脱(子宮脱、膀胱瘤、小腸瘤など)を合併している場合は、骨盤底疾患を扱う婦人科や泌尿器科と連携した修復が必要ですので、専門の高次医療機関へご紹介致します。