そけい(鼠径)ヘルニアとは
臓器がからだの脆弱な部分や隙間から他の部位へ脱出する状態を「ヘルニア」といい、からだの色々な場所で起こります。「そけい(鼠径)部」とは、太ももまたは足の付け根の部分のことで、「鼠径ヘルニア」とは、本来お腹にある腹膜や腸の一部が、鼠径部の筋膜の間から皮膚の下に出てくる病気です。いわゆる「脱腸」とも呼ばれています。

鼠径ヘルニアの症状
- 立った時や、お腹に力を入れた時に、足の付け根(鼠径部)がこぶ状に柔らかく膨らみ、しこりのように感じることもあります。男性の場合、大きなものでは陰嚢まで達することがあります。
- 膨らみは体を横にしたり、指で押さえると引っ込んで消える場合があります。
- 腸が出たり入ったりしている際には、軽い痛みやつっぱり、不快感を感じます。
- 膨らみが急に硬くなったり、手で押さえても引っ込まず、強い痛みや吐き気を感じる場合は、嵌頓(かんとん)ヘルニアといい緊急手術が必要となります。
鼠径ヘルニアになりやすい方
鼠径ヘルニアのはっきりとした原因は不明ですが、乳幼児の場合の多くは先天的なもので、成人の場合は加齢によりからだの組織が弱くなることが原因と考えられており、特に40代以降の男性に多くみられます。その他、鼠径ヘルニアになりやすい方は、日常的に腹圧がかかりやすい方で、
- 日常的に重いものを持つ仕事や立ち仕事に従事される方
- 便秘症や前立腺肥大症のためトイレでいきみやすい方
- 肥満症や妊婦で腹圧が高い方
- 喘息などで咳をよくする方
などが挙げられます。

鼠径ヘルニアの病態、分類
足の付け根(鼠径部)は、腹圧に耐えるために筋肉や筋膜が重なった複雑な構造をしていますが、ここに鼠径管と呼ばれるお腹とつながるトンネルがあります。このトンネル内を男性では、精子を運ぶ精管や精巣に行く血管が、女性では子宮を固定する靭帯が通っています。このトンネルのお腹側の入り口やその周囲の筋肉や筋膜が脆弱化し、お腹の中の腹膜や腸が出るようになったものが「鼠径ヘルニア」です。
鼠径部のヘルニアは大きく3パターンあり、トンネルの入り口である「内鼠経輪」を通って出てくる最も多いタイプである①外鼠径(間接)ヘルニア、「内鼠経輪」を通らずに直接出てくる高齢者に多い②内鼠径(直接)ヘルニア、上述の鼠径管より少し足側にある大腿管と呼ばれるトンネルを通って出てくる③大腿ヘルニアがあります。
特に大腿ヘルニアは中年以降の女性に多く、通常は嵌頓(かんとん)ヘルニアとして発症し、緊急手術が必要になります。

鼠径ヘルニアの治療
成人鼠径ヘルニアの治療法は手術のみとなります。巷などで使用される「ヘルニアバンド(脱腸帯)」などを巻いても症状は一時的に緩和されるかもしれませんが完治はしません。その他、お薬や注射などの薬物療法、筋トレなどのトレーニングをしても治りません。

さらに、鼠径ヘルニアを放置した場合「嵌頓(かんとん)」と呼ばれる危険な状態に陥る場合があります。これば脱出した腸がトンネルの出入口できつく締め付けられて腸の血流障害が起き、長時間放置すると腸が壊死してしまいます。ここまで進行すると開腹手術にて壊死した腸管を切除しなくてはなりません。

鼠径ヘルニアの手術
腹腔鏡手術
お腹の中にカメラ(腹腔鏡:ふくくうきょう)や処置具(鉗子:かんし)を挿入してモニターを見ながら手術を行います。大きく分けて腹腔外到達法であるTEP法(テップ法)と腹腔内到達法のTAPP法(タップ法)があります。
当院では、おなかの中に直接入らないため、より低侵襲で日帰り手術に向いているTEP法(腹膜外到達法)を鼠径ヘルニア手術の第一選択としています。


TEP法の画像:
おなかの臓器を包む腹膜より体表側(外側)にスペースをつくります。

TAAP法の画像:
腹膜のお腹側(内側)から腹膜を切開してスペースをつくります。

処置具(鉗子)です。
通常よりも細経の3mm鉗子も用いることで侵襲の少ない手術が可能です。
使用するメッシュの例です。



腹腔鏡手術の利点
- 傷あとが小さく、痛みが少ない方が多いです。
- 入院期間が短く(日帰りもしくは1〜2日程度)、日常生活に早く戻ることができます。
- お腹の中(腹腔内)を観察しながら手術を行うので、症状が出ていない小さなヘルニアの見落としが少ないです。
- 両側にヘルニア(2ヵ所)があっても同じ傷で同時に治療できます。
- カメラモニターの視野が広いため、再発ヘルニアなどの難度の高い手術もしっかりと構造物を確認しながら行うことが可能です。
腹腔鏡手術のデメリット
- 全身麻酔で行う必要があります。
- 開腹手術(前方法)と比較すると手術時間がやや長くかかる傾向にあります。
- 開腹手術(前方法)と比較すると費用がやや高くなります。
前方法(開腹手術)
患側の足の付け根を数cm切開して行います。現在では、ヘルニアの出口を塞ぐとともに腹壁の補強をする人工補強シート(メッシュ)を用いる手術が一般的となっています。昔からの方法であるヘルニアの袋(ヘルニア嚢)を根元でしばった後に、腹壁の筋肉を縫い合わせてヘルニアの出口を塞ぐ方法よりも、術後の痛みやつっぱり感が少なく再発率が低いのが特徴です。

使用するメッシュのタイプやメッシュを留置する場所(層)の違いにより実に様々な方法があります。そのなかで当クリニックでは以下のものを採用しております。
Lichtenstein(リヒテンシュタイン)法
米国の医師Irving Lichtensteinによって考案された手術方法で、欧米では特に男性の鼠径ヘルニア手術の第一選択として位置付けられています。本邦ではほとんど行われておりませんでしたが、近年欧米のガイドラインの影響で普及が進みつつあります。

Direct Kugel(ダイレクトクーゲル)法
米国の医師Kugelによって考案された方法で、メッシュ周囲の形状記憶リングと中央にストラップが付いた楕円形の人工補強材(ポリプロピレン製メッシュ)です。形状記憶リングにより腹膜のすぐ外側(腹膜外腔:ふくまくがいくう)を広く覆うことで、ヘルニアの起こり得る部位(Hesselbach三角、内鼠径輪、大腿輪、閉鎖孔、外側三角)を同時にカバーし、様々なタイプのヘルニアの再発を予防できます。手技にやや熟練を要し、手術時間もやや長めです。

鼠径ヘルニア手術後の生活について
手術翌日からシャワー浴可能です。
日常生活は通常通り行って頂いて問題ありません。
痛みの程度は個人差がありますが、軽い運動は術後1週間程度で可能です。
おなかに力がかかる仕事や作業は約1ヵ月程度は控えるようにしてください。
鼠径ヘルニア手術後の注意点について
鼠径部の腫れ
手術後の腫れの原因の多くは、水腫(水がたまること)や血腫(血の固まりがたまること)であり、2〜4ヵ月以内に自然に吸収されて改善することがほとんどです。まれに再発の場合がありますので注意が必要です。
手術創の発赤
細菌感染や皮膚のかぶれの場合があります。まれではありますがメッシュに感染を起こすと再手術が必要となりますので注意が必要です。
つっぱり感
メッシュが組織になじんでくると自然に軽快する場合がほとんどです。
長期に渡る術後疼痛
まれに鼠径部の神経障害を起こしている場合があります。通常は時間とともに改善していきますが、強固に持続する場合は再手術が必要な場合があります。
そのほか、「鼠径ヘルニア」以外にも以下のような特殊なタイプのヘルニアも治療経験があります。
「大腿(だいたい)ヘルニア」
「閉鎖孔(へいさこう)ヘルニア」
「腹壁瘢痕(ふくへきはんこん)ヘルニア(手術瘢痕跡から発生するヘルニア)」
「臍(さい)ヘルニア / 白線(はくせん)ヘルニア」
「Spiegel(スピーゲル)ヘルニア」
「腰(よう)ヘルニア」
「内(内臓)ヘルニア」
「ストーマ傍(ぼう)ヘルニア」
「横隔膜(おうかくまく)ヘルニア」
など